2008年01月12日

化粧流失、顔崩壊

マリと子犬の物語を見に行ってきました。
本当は行きたくなかったんだよね。
だって、もう、夏くらいから映画に行くと毎回っていいくらい予告でこれが流れて、その度に泣いていて、、、
予告だよ!
予告で泣いちゃうの。
だから、絶対に見たら泣くってわかって、行くのもどうかなぁっていうのもあったし。
私、子供のもの犬ものには弱いから。
これ、そのダブルきちゃってるから、、、

案の定ダメでした。
最初から、最後までずぅ〜っと泣きっ放しでした。
中盤ちょっと泣き止んだけど、、、



2004年10月23日。
あの日はまだ秋にしてはわりと寒い日でした。
旦那の実家が長岡なので、地震の一報が入った時からずっと連絡し続けていたにもかかわらず、連絡が取れずにとても心配していたのを思い出してしまって、、、
( やっと連絡が取れた時に「 近所のうちでおでん、呼ばれてたのぉ〜 」という  おかあさんののんびりした様子にちょっと拍子抜けしたんですけど、ただ、余震  が恐くて一週間近く両親とも家の前の道路に別々の車を泊めて中で寝泊まりして  いたらしいです。
  一家に一台車がある地方なので、、、
  地方はみんなそんな感じだと思うのですが )

この映画の最初のシーン、長岡の街の空撮なんですよ。
もう、こっから泣きました。
その次に、山古志の村が映されて、、、

まさか地震が起きるとは思っていない、その2004年のお正月。
私たちは実家に行った際に山古志に行っているんですよ。
蓬平温泉に泊まって。
本当に、棚田で有名な美しい村だったんです。
アマチュアカメラマンの垂涎の地でしたものね。
まぁ、それだけに平らな開けた土地って言うのが本当に少ない場所で、映画でも救助用のヘリが着陸出来る場所が限られていて、救出に手間どうみたいなシーンがありましたが、「 そうだよなぁ、あの地形だもんなぁ 」と思って見ていました。
闘牛場の後ろには神社があるんですよ。
そこにも、お参りしてきたんです。



長岡は山古志よりぜんぜん被災の程度が軽いので、実家の家族は無事でしたし、すぐにもとの生活に戻ったし、映画の中の山古志村の人達のような避難所生活もなかったのですが、、、

あの、避難所として使われていたロケ場所は旦那の出身校。

それにしても、彩ちゃん役の子役さんと、犬のマリの勝利でしょう。
素晴らしい演技でした。

長岡の花火は地震の後もずっと途切れることなく打ち上げられている、復興へのみんなの祈りです。
最後にうち上がるフェニックスは本当に素晴らしいので、どうぞ皆様見に行って下さい。

そうそう、私の友人夫婦がこの映画を見に行って、途中で奥さんが睡魔と戦っている光景を目の当たりにして、彼が奥さんをちょっと嫌いになりそうだったって旦那さんのブログに書いてあったけど、私はこの映画を見終わってこの映画で寝ることが出来るのはある意味『 凄い! 』って思っちゃった。
さすが私の友人だけある、、、

映画を見ると、人生を考えさせられることは多いけど、やっぱり悔いなく生きよう。
与えられた命を自分自身の手で、輝かせよう。
それが、今この世に命を与えられている使命だと思ってしまう。

LOVE&PEACE&JOY!!!








meg_quilt at 00:02 │Comments(0)映画のコト 

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